| その時歴史は動いた。 ローバー⇒MGRへ傍観史 | |
| return |
|
![]() |
by Lewis・H・Peace 1999年暮れのモーターショー、関係者向け進行パンフからいきなりローバー45が消えた。この時点で、「BMWは、ローバーを手放すかも。」となんとなく直感したわけですね。でやっぱり翌年2月そのとおりになったわけですから、私の予感もたまには的中するわけです。 |
![]() |
結局BMWとの交渉の末、フェニックスが10ポンドで買収したのですが、「無料」というのを「10ポンド」というBMWの最後のジョークは、ことさら英国人の交渉の老獪さを物語っていましたね。たぶん嫌気がさしたので、「タダでくれてやる!」てな台詞を吐いたあと、「ひょっとして・・・カモにされたカモ」と思い直して、10ポンドという最後っ屁になったと思うんですよ。その3日後には、タワーズの信任を受けた人物が、日本の自動車メーカーなどを回り支援を呼びかけたようですが、その中の一人のお大尽に「あんたたち、危機のときの方がガンバルからね。支援しないほうが巧くいくんじゃない?」と言われてフェニックスも考えを改めたようですね。 |
![]() |
2000年7月、たまたま某ハーネス屋さんのショールーム設計企画の関係から話がつながり、「引き続きハーネス納入の挨拶にローバーに行くので、顔つなぎに来ない?」と言ってくれた方がいましたので、のこのこ付いて行きました。ソリハルのローバーワールドハウスに行くとマーケティング担当と言っても知らない人でしたので、「ジャックは?ニキは?」と訪ねたら、「若くて活きのいいヤツは、ランドローバーとミニ、BMWに行ってしまった。」と寂しい答え、彼自身ミニの製品担当者で、20年ローバーにいる人でした。その中で話が出たのは、「MGというブランドを、前面に立てて行きたいが、どう?」と聞かれましたので、「日本では、MGでもローバー良いんじゃない?好きにすれば。」と答えたように覚えています。(実はこのときにレセプションで、ツアラーの試作を案内してくれた人が、ケビン・ハウ社長だった。もうちょっと話すればよかった。) |
![]() |
その後ローバー⇒MGローバーと改名し、私もある仕事で冬にも現地に行きましたが、「そういやこの間、日本のY社やG社が挨拶に来たよ。」みたいな話になっていたようですが、2002年5月までは、BMWのマーケティング管理下にあるので、交渉・契約ができないから、名刺はもらったが提案内容は聞けないということでしたね。 2001年4月、MGローバーからサービス担当の”ステ坊(もち仮名)”がやってきて、RSCの関係者と会ったりしたそうですが、そのときに「日本市場は魅力的じゃないか?」とステ坊に訊ねたら、「もちろんイエス。ただし私たちは、BMW/ローバーの関係者の精一杯の努力も分かっている。もしここでノコノコ出ていくと宣言して、再び混乱を招くのは得策じゃないだろ?もちろん日本からのたくさんのラブコールはあるのだけど。」 |
2001年9月、BMWからロングブリッジのエンジン工場を格安で購入する。たぶんBMWの投資の10分の1ぐらいか?てな感じ、ついでにランドローバーへのエンジン供給も引き続き行なうことで合意。MGローバーって本当に交渉上手、というかその間にも根回しや権謀謀略いろいろやってんじゃねえか?とにかくドイツ人を欺いたり、陥れることに関しては熱心な会社ですね。 |
|
![]() ![]() |
|
| Special thanks to: | Lewis・H・Peace |