Memory of the MGF
Fの残像

 94年の夏、ロングブリッジからゲイドンのヘリテージセンタに向かう途中、ローバーグループの役員とRV8の話題になった。
私が「あれは無いよ。きちんとしたクルマとは言えない。」と話したら、「いやあれはあくまでビギニングだ。次がヤツ待っている、スウィフトでシャープなクルマだ。」

 その1年後95年冬にMGFが発売された。ガイシャで239万円のオープンスポーツは当初大人気だった。
 瞬く間に初期ロットは在庫がなくなった。
 当初の成功に気を良くした旧ローバージャパンは、翌96年夏当初の予定どおり、MGFVVCを大量投入した、当時の車両発注(コンファーム)は、ロールアウトの6ヵ月前が基本であり、MGF人気に沸きかえっていた次期に次期ロットを発注したのだ。
 しかし初期VVCは、ヘッドのオイル洩れが頻発し、自慢のVVCも上手く機能していなかったようで、試乗車に乗ってみてもパワーの違いがノーマルヘッドと比べてもさほど変わらないクルマが多かったようだ。
 そんななか実際当時の販売現場では、VVCは売る方も買う方もまったく相手にされなかった。「VVCなら売らないほうがまし。」

 信頼性の問題からMGFの販売は発売わずか1年で失速しはじめる。

 97年夏を過ぎると、大量に抱えたVVCの在庫処分のためにスマートオーナーシップ、1%ローンやハードトップ付限定車と称してVVCの拡販に勤しむが、結局はノーマルヘッドのクルマにも「安売りイメージ」が先行してしまう。
 98年になると、数多く抱えたVVCヘッドの処分ができないことに加えて、ノーマルヘッドのクルマの輸入が滞りだす。この次期にMGFを買った人は、Fレッド/Dホワイトのノーマルヘッドか、ハードトップ付きのVVCを購入された方が多いと思う。
 また、97年後半から98年に入荷したロットは、主としてノーマルヘッドのクルマで、Aピラーの雨漏り対策が施されたが、それ以外の品質にかんしては初期ロットよりも落ちていた、なかにはスペアタイアがMGFに合わないものが載っていたり、明らかに応急BPで済ませたようなボディ補修の後が目立ち製造側の品質管理に問題があったようだ。
 しかし98年に末になっても問題のVVC車にかんしては、初期ロットがさばけず、1年以上もPDIに眠っていたクルマが納車され、前のボンネットフードなかは、砂だらけというクルマも多数あったようだ。
 99年1.8iアビントン・リミテッドが発売されるが、日本の『マーケット向けグリーン&タン革の内装が設定されるが、すでにMGFの品質問題にかんしては、かなり有名な事実となっており、期待したほどの成果は挙げられなかった。
 そのころになると、社員販売や自社登録のクルマが横行するようになり、旧ローバージャパン直営店でも堂々とPDIのあった豊橋ナンバーのMGFが展示されるようになる。それでも売れないMGFは、豊橋から名古屋に運ばれ本国に送り返された。
 2000年春、どういうわけかBMWのチェックから免れて1999年秋にコンファームされた50台のMGF 1.8iが日本に到着した、最後のMGFはろくな宣伝もされず人知れず299万円で販売された。

寄稿、toomuch(ベツニ)氏

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/toomuch/MGX_home.htm

Return